外国人向け日本情報サイト「gaijinpot」より

"隠れ外国人" 日本人の知らない日本に住む日系人の苦労

Invisible Gaijin: Postcards from a Non-Japanese Japanese Person Living in Japan By Kristy Ishii - 2017/11

人口の99%が日本人である日本で、明らかにそれらの人と容姿が異なる外国人として存在することには良い点も悪い点もある。日本語を話すのが下手でも意図せず日本のマナーに反したことをしても大目に見てもらえるのは良い点だ、その一方でこちらが日本の人に日本語で話しかけてもカタコトの英語で返してくる人が多いことにはちょっとイラっとしたりもする、そういった話を日本に滞在した外国人が書いたブログなどで読んだことがある人もいるだろう。

だがそういった"外国人あるある"は私のような日系人には起こらない。そう、日本に住む日系アメリカ人である私は外国人でありながら外国人扱いされない"隠れ外国人"なのだ

それが田舎であっても都会であっても、私の日本人顔が様々な反応を引き起こした。例えばこんなのがある。

  • 自転車駐車場で(日本人から):
    「はぁ? なんでまともに日本語が話せないの? 馬鹿なの? アメリカ人じゃねーんだから。」

  • 渋谷のクラブで(日本人から):
    「ねぇねぇ、ちょっと話してもいい? え? 日本語話せないの...」→ 逃げられる

  • 関西空港からの自宅への京成ライナーで(外国人から):
    「Wow! 君の英語は完璧だね。何処で勉強したの?」

  • 地元のラーメン屋で(日本人から):
    「あ~、日系人なんだ。じゃああれ? ハーフ? え、違う? じゃクォーター?」

  • 東京のイベント会場で(日本に住む他の外国人から):
    「へぇ、アメリカに住んでるんだ。アメリカに住んで何年くらい? 久々の日本でしょ? 楽しんでる?」

  • 勤めている学校の野球の練習を見に行って(日本人から):
    「なんて恰好を! エッチすぎるって! 日本人なんだからそんなショートパンツを履いちゃダメだって。セクハラだよ!」

限られた日本語能力で自分のことを説明することのなんと難しいことか、自分が純粋なアメリカ人であることを日本人の顔で証明することがどれほど大変なことか、想像できるだろうか? 日本に来た当初、私は人々に自分というものを説明する適切な言葉を見つけることができず日々いらぬ罪悪感を感じ話すときも小声になってしまっていた。

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日系アメリカ人の82.5%が日本語を話せない

日本で暮らすのだから日本語を覚えるのは当然のことだが、私は日系人として、日本人を祖先に持つ人間として、日本語を学ばなければならない強烈なプレッシャーに圧倒された。

日系人なのだから日本語を何かしらの形で使うことがあるだろうと皆さんは思うかもしれない。だがアメリカでは日本語を話すこと、あるいは日本語を学ぶことは日系アメリカ人コミュニティでは一般的ではないのだ。私は黒い髪、暗い茶色の目、低い身長(154センチメートル)のアメリカ生まれのアメリカ人で英語だけで生まれ育った。

日本人の知らない日本に住む日系人の苦労(海外の反応) Kristy Ishii - 京都にて桜の花見シーズンの終わる頃 - gaijinpot.com より引用 米国国勢調査によると米国生まれの日系アメリカ人の82.5%が英語のみを話すという。当然私もこのカテゴリーに入っている、少なくとも私が日本に移住するまでは。ちなみに他のアジア系アメリカ人、米国生まれの中国系アメリカ人と韓国系アメリカ人の60%が複数の言語(英語と第2言語)を話すという。

日本では日本人からしばしば「君は日本人にしか見えないね」と言われる。確かに日本人の血を持っている。アメリカでも自分が日系であると、 “Japanese American”であると言うし自分が日本を起源をもっていることは否定できないし否定もしない。だが日本での私は何者なのだろう?

日本では誰を見ても私の叔母や叔父、いとこや兄弟に似ていると思う。だが一たび私が口を開けば、日本人の顔をしつつもカタコトの日本語しか話せない私に誰もが最初は困惑する。

日本人のように見えるが日本人ではない私

私は現在日本で外国語補助教員として働いているがその就職面接でこのような質問を受けた。「あなたのクラスにあなたの文化を伝えることができるようなものを持っていくとしたらどんなものをアメリカから持っていきますか? 3つ答えてください。」

私の文化は戦前の日本(私の曾祖父の世代)から伝えられた古い習慣と故郷のサリナス(アメリカ・カリフォルニア州)の文化の組み合わせから成っている。

アメリカで生まれ育った他の第5世代の日本人と同様に、私は"お盆"のお祭りに行き、おいしいタコスやエンチラーダ(メキシコ料理で肉を詰めたトウモロコシパン)を食べ、ガールスカウト、ピアノ、スポーツをしながら育った。だから私はこう答えた。

「メキシコ料理の写真、ソフトボール、そして私の家族の写真ですね。」
そう、私は日本人の顔をしているが真にアメリカ人なのだ。私は子供のころから人と違うこと、ユニークであることの大切さを教えられ育ってきた。 個人として独立した人間であること、個性を隠さず表現し多様性を大切にすることが故郷のアメリカでは良い性格と見なされる。

しかし日本ではアメリカと違って文化的なプレッシャーを感じてしまっている。ここでは私は毎日、自分という個人よりコミュニティが大切であり、より良い他者との関係のため個人の時間を犠牲にするべきだと認識させられる。

私は日本に暮らしてから言動が控えめになり受動的になったと思う。他の日本に滞在する外国人と違い、私は外国人でありながら日本人としてふさわしい行動を求められるのだ。そして次第に日本人からの反応を恐れるようにすらなり始めた

私は人生ではじめて自分の国籍に、私の中の「日本人」の部分とは何なのか疑問を抱き始め、私の日系アメリカ人としてのアイデンティティーはもはや存在しないかのように感じることもあった。

日本人の知らない日本に住む日系人の苦労(海外の反応) Kristy Ishii - カリフォルニアにて夏のお盆のお祭り - gaijinpot.com より引用 それから1年後、日本語を学び続け生活の中で使用し続けていくうちに日本語能力が上達し、かつては困難だったことが楽になり始めた。今は宅急便で荷物を送ったり請求書を読んだり、誤解されることなく電話をかけることがでるようになった。 時には外国人らしく、時には日本人らしく振舞うなど両方を演じて分ける、そんなちょっとした楽しみも覚えた。

だが私が日本に来てから今のように落ち着けるまでの経験は忘れがたいものとして残っている、日本人の顔を持っていながら日本語を読むことができず日本社会に適応できないことに対する強い罪悪感を。

今でも日本人でも外国人でもない中途半端な私だが、最近はそんなあいまいなアイデンティティを受け入れ始めている。それは"blessing in disguise(不幸に見えても結局は幸福となるもの)" なのだ、日本の文化を受け入れつつも私のアメリカ人としての価値観をしっかりと守る、そんな生き方を学ぶことができるのはとても貴重な体験だ。

これからも"隠れ外国人"として日本で人生を重ねていくことには困難が付きまとうだろうが、実りもきっとあるはずだと信じられるようになってきた。なによりまだまだ日本での生活は始まったばかりなのだ。

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“DSC_0146” by Miura Takumi is licensed under CC BY 2.0