アメリカの映画情報サイト『Deadline.com』より

メイクアップの巨匠 辻一弘が「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」でゲイリー・オールドマンを英首相チャーチルに変えた特殊メイクと「シェイプ・オブ・ウォーター」での特殊メイクを語る

Makeup Maestro Kazuhiro Tsuji On Gary Oldman’s ‘Darkest Hour’ Transformation & ‘Shape Of Water’ Creature Eyes - January 5, 2018

photo via Film4 ジョー・ライトが監督した映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男(原題:Darkest Hour)』でゲイリー・オールドマンは彼のキャリアの中でも際立った変身を見せた、彼は分厚い人工の皮膚をかぶりながらも堂々と演じる、それは何も身に着けていないとしか思えないものだった。だが彼はその役を一度断っていたという。


photo via DarkestHour-twitter 英国出身の俳優にとってイギリスの首相ウィンストン・チャーチルを演じることは困難だがやりがいがあるものだ、しかしオールドマンは必ずしもその役を演じるにふさわしい俳優ではなかった、彼はチャーチルと似ても似つかなかったのだ

しかしだからこそ、そこに必然性が生まれた。そしてそれを可能にする真のアーティストがいたのだ、彼無くしてはオールドマンはこの役を演じることはなかった。



photo via Film4 オールドマンはこの役を演じるにあたっての絶対条件としてとある人物の協力を要請した、彼がこの映画に参加しなければ役を断ったという、それが特殊メイクアップアーティストの辻一弘だ。

2001年のアメリカ映画『PLANET OF THE APES/猿の惑星』でオールドマンは辻一弘と出会う、もっとも結局彼はこの役を演じなかったわけだが。オールドマンは 辻一弘の、まるで生きているかのように生々しい彼の特殊メイクに感銘を受けこの特殊メークアーティストの存在を強く印象付けられた。


photo via Film4 この映画ではただメイクアップアーティストであるというだけでなくアーティストでもある人物が必要だった」とオールドマンはつい先日我々の取材で語った。その中でオールドマンはどれだけ辻一弘がその人物に相応しいか、チャーチルの特徴的な "あご" を身にまといつつもそれに邪魔されることなく演じるには彼が必要だと語っている。

「カズは映画の特殊メイクの仕事から離れ芸術家として活躍していたが、彼が巨大でリアルな彫刻を作るために人の骨の構造や解剖学をも学んでいたことを知っていた。私の心の中で、辻一弘は唯一この役を成功に導くメイクアップアーティストだった。

しかし辻一弘は20年近くも映画業界で働きながらも芸術家としての穏やかな人生を望み、ついには映画の世界から離れていったのだ。「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」を完成させるためにもオールドマンは、映画業界での自分はもうすでに過去の事だと思っているメイクアップアーティストを再びこの世界に引き寄せる必要があった。

以下Deadline.comによる辻一弘へのインタビュー

photo via DarkestHour-twitter

あなたは数年前に映画業界の仕事から引退しました。『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男(原題:Darkest Hour)』のいったい何があなたを引き戻したのですか?

辻一弘:
私は映画業界から去って美術をやり始めました。そしてある日、ゲイリーが私に電子メールを送ってきました。

いいか、これから撮影されようとしている映画がある。私は君と仕事がしたい、そしてそれが叶わないならこの役を取るつもりはない

私はこう答えました、「わかった。それについて考える時間が必要だ。」

すぐに返事ができなかったのは、映画業界を離れて美術の道で生きると決心していたのにここで映画業界に戻ったら、私は自分の人生を欺むくことになるのではと感じたからです。



しかし私は次第にメイクアップアーティストになろうとした最初の、そして最大のインスピレーションはアメリカのメイクアップアーティストであるディック・スミスが1976年の連続ドラマ『リンカーン』でハル・ホルブルックをリンカーンに変身させるメークアップだったということに気づきました。それは本当に私にインスピレーションを与えたのです、そしてそれこそが今の私を作ったのだと。

「これは私が待ち望んでいた生涯に一度の夢の仕事だ、映画業界での私のキャリアを通してもこのようなチャンスはなかった」と私は思いました。

それと同時に私が映画業界にいた間、私を支えてくれた人々にお返しができるような気がしたので、私はこの仕事をすることにしたのです。


あなたは同時期にギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』(同じく2017年の映画で2018年アカデミー賞作品賞)の両生類の男の目もデザインしましたよね。 あなたは歴史的な人物を再現するのと、この種のファンタジーもので作業するのとでどちらが好みですか?

辻一弘:
私はモンスターやクリーチャーにはあまり興味がありません。私は人間のキャラクターに興味があり、リアリスティックなキャラクターメイクの方がもっと興味があります。

時々そのような仕事が来ますがもちろん来れば私は最善を尽くします。初めて私がギレルモと仕事をしたのは『ヘルボーイ』でした。私はその映画のデザインチームの一員でした。ですがやはり私が焦点を置くのは人間です。

なぜデル・トロ監督はクリーチャーの目のために特別にあなたの元を訪ねたのでしょう?

辻一弘:
ヘルボーイで私はヘアスタイルとメイクの配色をデザインしました。それ以外にも主役のヘルボーイ役のロン・パールマンのコンタクトレンズを塗り、半魚人のアベ・サピエンの目も手掛けたのです。ギレルモは私が作った目を本当に気に入ってくれました、どうやら業界で生き物の目を作らせたら私以上の人物はいないと思ってくれたようです。だからこの『シェイプ・オブ・ウォーター』でも私に依頼してきたのだと思います。


ゲイリー・オールドマンを英首相チャーチルに変身させるのは手ごわい仕事でしたか? 彼らの顔は基本部分でかなり構造の違いがありますよね?

photo via Film4
辻一弘:
ええ、私はこの両者がどれほど異なっているかを実感しました。私は時々Photoshopで加工したデザインを監督とプロデューサーに見せることがあります、こんな風になりますよと。

しかし特に今回はそれをやりたくはありませんでした。なぜなら、私は二次元の図面で表現することで失われてしまうかもしれない可能性を殺したくなかったからです。

私はまずテストをして実際にそれを見たいと思っていました、このメイクには限界があることを知っていたので。私が何をしたとしても、彼らのプロポーションが非常に異なっているためゲーリーをチャーチルとまったく同じように見せることはできません。私はこれを解決する最良の方法は、実際にゲイリーにメイクを行い誰もが納得するような最適のバランスをとることだと思っていました。


photo via DarkestHour-twitter またゲイリーももう良い年です。若い人に人口の皮膚を装着すると皮膚はしっかりとそれを吸着しうまく動くことができます。しかし人は年を取るにつれて肌が柔らかくなり、人工の皮膚をかぶせてもうまく皮膚と一緒に動いてくれないのです。

ですからゲイリーの巧みな、微妙な感情や表情が失われないよう私が何ができるのかを知る必要がありました。もし彼のまぶたに人口の皮膚をかぶせた場合、そして彼がまぶたをけいれんさせた場合、それは映画に映りません。私はそうしたくなかった。良いバランスをとることが最も難しい部分だったと思います。


あなたは最初にどのような作業をするのですか? ゲイリー・オールドマンと英首相チャーチルの写真を詳細に観察するのに多くの時間を費やしましたか? 人の特徴をどのように捉えるのですか?

辻一弘:
最初のステップはゲイリーの3次元コピーを作成すること、そして彼のさまざまな表情の写真をたくさん撮ることでした。

それから私はウィンストン・チャーチルの残された限りの写真と映画を集めました。私は両方の顔を比較し違いを分析し、そしてゲイリーの頭の3Dコピーにチャーチルの顔を形作っていく作業を始めました、何ができるかを試行錯誤しながら。


photo via DarkestHour-twitter
私たちはチャーチルに見えるマスクを作っているわけではありませんでした。ゲイリーの顔がベースになっているのですからすべてを覆うわけにはいきません。またメイクがどの様に機能するか、どうすれば映画の中で最高の映りを見せられるか、つまりはゲイリーや監督がどう望んでいるかを理解しなければなりませんでした。

最初まず3つの異なる外観、ヘビー、ミディアム、ライト調のメイクを施してみました。それから1ヶ月後、私たちはそこにさらに2つ追加し方向性を決定しました。そして5回目のテストで良い感じのメイクができた、基本的にそれが最終決定となりました。

またチャーチルはニューヨークで一度事故にあったことがあるのですが、その際に彼はタクシーに撥ねられ額に大きな傷跡が残りました。私たちはその傷用のパーツも制作したのですが最終的には使用しませんでした、それほど重要ではないと考えたからです。もしゲイリーの額にこのメイクを入れると彼の表現がその傷に邪魔されるような気がしたので。


あなたは特殊メイクに使用する素材も変化させてきましたよね、『Men In Black』などで過去に使用したものから。今回のオールドマンの人工皮膚にはどのような材料が使用されたのですか?

辻一弘:
私が『Men In Black』に取り組んでいた当時はこの業界の人々はちょうど皮膚に半透明材料を使用し始めようとしていた頃のことでした。 それより前に一般的に使われていた素材はフォームラテックス(液体状の天然ゴムを泡立てたもの)でした。

それは肌のようには見えません、肌に見えるようにペイントする必要がありました。皆が新たな方法を考え出しました、私もその一人です。私は豊胸手術に使われるゲルを使う方法を考え出しそれを肌に使用しました。


photo via DarkestHour-twitter それ以降あらゆるものが改善されていきましたね、今回使用したシリコンを含めて。作業ははるかに簡単になりました。もちろん今も私はメイクをするたびに違う方法をはないか、過去に行ったことをもっと良くする方法はないかを考えています。


今回ゲイリー・オールドマンが英首相チャーチルに変身するにあたり、彼は10日ごとに新しい "かつら" を必要とし、しかもあなたはこのかつらに赤ちゃんの髪を使ったそうですね。そのことについて教えていただけますか?

photo via DarkestHour-twitter
辻一弘:
チャーチルは若いころ赤毛、赤茶色の髪をしていましたが年を取るにつれて髪はほぼ白くなりました、ブロンドと赤毛がかすかに混じる白髪といった感じです。

また彼の髪の毛はそれほど太くありませんでした。通常かつらを作るときにはベースとなる生地を覆うのに十分な髪を植えていくのですがそれをするとかつら自体が厚くなります。

チャーチルの頭にはかなり薄い部分がありてっぺんはハゲていました、私はそれを再現したかったのです。私はかつらの製作者、ボブ・クレッチマーとダイアナ・チェイとそのことについて話し合いました。それを実現するには高品質の髪の毛を使用しなければなりませんでした。そのためのベースもまた特別なものでなければなりませんでした、これは最終的に見えないくらいの細かなレース素材を使うことで何とかなりました。

そして髪の毛はヨーロッパ人の赤ちゃんの髪の毛を使用したのですがこれは非常に限られていて高価でした、それにアンゴラの毛を混ぜています。赤ちゃんの髪の毛を使う上で困難な部分はすべて異なる赤ちゃんから来ているので色を一致させることがとても難しいことです。量がとても少ないので合わせて一緒にミックスする必要があります。


photo via DarkestHour-twitter それでも5つの異なるかつらを作り、さらに常に同じにすることはほぼ不可能でした、一つ一つ手作業で行なわれていたので。共に特殊メイクを担当したルーシー・シビック(第90回アカデミー賞のメイクアップ&ヘアスタイリング賞を辻一弘氏と共に受賞)と何度も調整を繰り返しました。私はかつらをデザインしそれを役者に装着するのですが私は毎日ヘアドレッシングをするわけではないので彼女の存在は大きな手助けとなりました。

それはとてもうまくいきました、お決まりの作法を考慮せずに私は新しいことに挑戦できよりリアルなものを作れたと思います。それはこのメイクにおける革新の一つでもありました。


チャーチルの特殊メイクを適用するのに平均的にかかる時間はどれくらいですか?

辻一弘:
約3時間15分ほどですね、多少増減しますが。かなり時間を要します、それは複雑なメークアップです、クローズショットがたくさんあるので手は全く抜けません、本当にうまくやらなければなりませんでした。

かつらはヘアラインを完璧に表現しなければならず、またかつらを含めすべてのパーツをゲイリーの肌と一体化させなければなりませんでした、そうでなくては彼は正しく動けませんから。

撮影後のデジタル修正を行う余裕がないことはわかっていました、なぜならそれをするのに十分な予算がなかったからです。

後で何もする必要がないようにメイクは完璧でなければなりませんでした、それは本当に難しいメイクアップでしたね。


かつらや肌などを含めた人工装具のコピーは何セットくらい用意したのですか?

photo via DarkestHour-twitter
辻一弘:
コピーはありません、毎回ほぼ最初から作り上げます。それぞれのパーツは非常に繊細で一度使用されたらゴミ箱行きです。ゲイリーには60種類以上の顔用の人工装具が適用されていましたがその都度新しいものを使いました。


今回特殊メイクの仕事をするにあたって芸術の方の仕事をする時間もとれたようですが、今後もこのような取り決めの下でハリウッドでの仕事を続けて行かれるのですか?

辻一弘:
私は今もメイクアップのデザインを楽しんでいますから良い機会があればまたやってみたいです。ですが私の主な焦点はやはり芸術を続けることです。私は映画業界に "常勤" という形で戻るつもりは全くありませんね。

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海外の反応

Youtube, twitter.comのコメント欄より: ソース , ソース


Hito 私は彼の仕事が認められたことをとても誇りに思うよ。

kd21_nogarD とにかくこの映画では特殊メイクが凄かった。

Joe Schmoe 最初はゲイリー・オールドマンと認識できなかったくらい。この特殊メイクをした人のことは知らなかったけど新たな基準を作ったのは間違いない。

ROHAN SHARMA もうただただ驚くばかり。Tsujiを含めたチームは素晴らしいアーティストだ。

Maru O 見事な偉業。素晴らしい仕事だ、本当に。ゲイリーもメイクのために合計で200時間以上メイク用の椅子に座ってたってんだからスゴイ。よく我慢したで賞とかそんな特別な賞も彼はもらうべき!

Your tour guide 見事!!! 本当にこの世界のトップの仕事って感じだ。

Priyan Shivastav ここまで手がかかっているとは思わなかった。素晴らしい映画だったけど...それを支えた特殊メイクチームにも脱帽だよ。

Robert B Music 本当に驚くほどの変身だ、本当に良い仕事をしたよ。

mssep5 アカデミー賞おめでとう! 辻一弘が今後も活躍していくことを願うよ。

jimmeskimen アカデミー賞を勝ち取る相応しい。

Selexia Kray おめでとうをたくさん贈るよ! これほどの作品をあなた以外に誰が作れよう。

Duchampia ゲーリー・オールドマンの役者としての才能に感嘆する。彼のチャーチルへの変身は見事の一言だ、そしてそれを支えた特殊メイクチームの仕事も素晴らしい。

たった今、辻一弘が「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」でメーキャップ&ヘアスタイリング賞を受賞した、そして受賞スピーチの中で彼は自分の猫に感謝してた! YAAASS!

BuzzFeed Entertainment Yes、辻一弘が彼の猫に感謝の言葉を贈った。

Dorelita わかる。私も猫に助けられてる。

Thoughts Of Cat 全てのスピーチに猫に対する感謝が含まれるべき。

Docheku やはり猫は偉大。

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