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延期された東京オリンピックは新型コロナウイルス後の世界を癒すことができる

How the rescheduled Tokyo Olympics could heal a post-coronavirus world - March 27, 2020 - by ブルース・キッド



記事の筆者紹介:ブルース・キッド



ブルース・キッド氏は 1943年7月26日生まれのカナダの学者/著者/アスリート。カナダの州立大学・トロント大学スカボロ校の校長/キネシオロジー学(運動生理学)教授。

1964年東京オリンピックのカナダ代表(男子5000m/男子10000m選手)。

2004年に「世界中のスポーツコミュニティの性差別と人種差別を根絶することに人生を捧げた」としてカナダ勲章を受賞。

カナダ・オリンピック委員会公式HPより
https://olympic.ca/team-canada/bruce-kidd/

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新型コロナウイルスのパンデミックによって2020年東京オリンピック・パラリンピックは延期されることになった、しかしそれはオリンピズム=オリンピックの精神を蘇らせ、世界を再び一つにするという新たな役割を担ったことを意味する。

オリンピズムとは「スポーツを通して心身を向上させ、文化・国籍などさまざまな違いを乗り越え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって、平和でよりよい世界の実現に貢献すること」であり、スポーツは世界の発展/国際理解/平和のために行われるべきであるという理念だ。

メダルの獲得やマーケティングが最大の関心事になってしまった今日ではしばしば忘れられてしまっているが、これは19世紀後半に古代オリンピックを復興させ近代オリンピックの基礎を築いた創立者、ピエール・ド・クーベルタンによって最初に提唱された近代オリンピックおよび近代オリンピック・ムーブメントの根幹にして不可欠なアイデアである。



クーベルタンはヨーロッパの列強が後に破滅的な被害をもたらす第一次世界大戦に向けて急速に武力を伸ばしていた時期にこのアイデアを考案/発展させた。

彼は国際的なスポーツが、各国のアスリートと観客が入り混じる場が人々に相互に対する理解及び敬意を生み、うまくいけば戦争を促進しているグループに立ち向かう社会ネットワークを作ることができるのではと期待したのだ。

私がカナダのオリンピック・アカデミーで議長を務めていたときも、我々はオリンピズムの最も重要な目標は国際理解であり、政治的、宗教的、社会的な違いに関係なく、すべての人々に敬意と尊厳が与えることを目指し活動をしていた。 国際オリンピック・アカデミー: オリンピズムの普及やオリンピックに関する研究・教育を目的とする国際組織



今世界では新たな「xenophobia(外国人嫌い/外国人排斥主義)」が台頭している。

そして新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するために講じられている国境閉鎖措置は世界の多くの場所で新たな憎悪を生んでいる。

そんな今だからこそオリンピックの精神はこれまで以上に必要とされている。

延期された東京オリンピックとパラリンピックは、国際協調主義と異文化理解の祝福と肯定のイベントとして計画し直されるべきだ。

日本のオリンピック主催者はまさにそれを行うことができると私は確信している。彼らは1964年にそれを実現した。

私は個人的な経験からそれを知っている、私は1964年の東京オリンピックに出場したからだ。
東京オリンピックは第二次世界大戦による荒廃、2つの原子爆弾とそれに続く米国の占領の後、東京と日本社会を再建するための複数年計画の集大成として開催された。

日本は大会に合わせて美しいスタジアムと公園を建設し、新しい高速道路を開通させ、カラーテレビや時速320kmで走る高速新幹線などの劇的な新技術を導入することで世界に向けて戦後の復興をアピールした。

それと同時に彼らはスポーツ、スポーツを通じた教育、職場でのフィットネスとレクリエーションを全国で活性化させた。

その場にいた者として私が最も覚えているのは、オリンピズムの精神が国中にいきわたっていたことだ。

あらゆる場所に人間の努力に関するピエール・ド・クーベルタンの有名な言葉が書かれていた:

『オリンピックで重要なことは勝つことではなく参加することである。人生において重要なことが成功することではなく努力することであるように。根本的なことは、征服したかどうかにあるのではなく、よく戦ったかどうかにある』



さらに日本の主催者はすべてのアスリートに夕食のために日本の家庭を訪問し、日本の文化について学ぶ機会を提供した。



開会式は息を呑むほど美しかった。

盛大な花火、音楽、空に五輪の輪を描くジェット機、空へ放たれる何千ものオリンピックカラーの風船と鳩。それらは全て初めて試みであり、芸術表現の新しいスタンダードが打ち立てられた瞬間だった。

特に記憶に残っているのはクーベルタンが亡くなる一年前の1936年ベルリンオリンピックで放送されたの彼の演説の再放送だ。

一番感動したのはオリンピック聖火の入場だ。

トーチを掲げながら入場し、トラックを半周した後にスタジアムの階段を駆け上がり、聖火台横にトーチをかざして立ち、聖火台に点火したのは有名なアスリートではなく、1945年8月6日、原爆で街が破壊された日に広島で生まれた19歳の坂井義則氏だった。

日本中どこに行っても誰かが近づいてきた。お辞儀をしてきた。人々は口々に「二度と広島の悲劇は繰り返させない」と言った。

癒し、再生、異文化理解に貢献するムーブメントに参加できたことを私はとても誇りに思ったものだ。



(開会式の様子 - 1964年の東京オリンピックの公式記録映画 - オリンピック委員会公式Youtubeチャンネルより)
近年ではその精神は国家間のメダル獲得競争によって失われてしまった。もちろんコストの問題、ドーピングや安全保障上の懸念もあるため無理もないことなのかもしれない。

しかし今日のオリンピックは他国の選手と交流し、異なる文化について学ぶためのものではなく、選手たちはただイベントに参加し競技を終えたらすぐ帰国するというものになってしまっている。

これは少なくとも1988年のソウルオリンピックの頃から見られる傾向だ。私はカナダのアスリートがオリンピックの精神(に沿った活動)に参加した程度を調査したことがあるが、参加した者はほとんどいなかった。

 「私が韓国について学んだことのすべては、競争がカナダのトロントで行われたとしても学べただろう」

とある著名なアスリートは私にこう言っていた。

他のあらゆる要素を除外してパフォーマンス/競技の成績だけに焦点を当てる傾向は今日ではさらに強くなっている。



もちろんそれはスポーツを新たな段階へと導く原動力になっている。

しかし2020年東京オリンピックがオリンピズムの祝福のための祭典として位置付け直されたとしても、今日のオリンピックの競技熱は失われることはないと私は確信している。

国際オリンピック委員会と国際パラリンピック委員会は大会のスケジュール変更に伴う困難なロジスティックの課題に直面しているだろう。

しかし彼らがリーダーシップを発揮すればオリンピックにオリンピズムを再び活性化させることができるはずだ、彼らにはその力と経験がある。



国際オリンピック委員会と国際パラリンピック委員会は、東京オリンピックとパラリンピックがオリンピック精神への回帰の大会となるよう働きかけるべきだ。

新型コロナウイルスのパンデミックが収まったとき、我々はすべての社会を再構築しなければならなくなる、そしてそれは世界中の人をより強く、固く、結んでいく人道に沿って行われなければならない。

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