米アトランティックが創設した新鋭ビジネスメディア「クォーツ : Quartz (qz.com)」より

WE ARE ALL SHINJI(我々は皆 "碇シンジ" である): 日本のアニメのファンタジーの世界が香港の若者の現実に

The magical world of Japanese anime has become the reality of Hong Kong protesters - By BBCや香港の英字新聞サウスチャイナ・モーニング・ポストに寄稿する芸術・文化および文化政治を専門とする香港の記者 - Vivienne Chow - November15, 2019



それは14歳の若者の物語だ。小柄で内向的な彼が望むのは平凡で穏やかな生活であり、父親との切れていた縁を再び繋げることであり、ただそれだけのことだった。

しかし運命はそんな彼に牙をむく、彼を残忍な戦いの最前線に投げ込み、果てることのない巨大な敵との闘いを強いるのだ。

混乱し、心を傷つけられ、彼は逃げようとする。しかしその運命から逃れることができないことに気付いたとき、彼はそれと戦うことを決意する。



これが今年6月にNetflixでストリーミング放送が開始された1995年の日本のSFアニメの名作「新世紀エヴァンゲリオン」の主人公が物語の中で辿る道筋だ。

物語は天使と呼ばれる存在と戦うために作られた強力な巨大サイボーグであるエヴァンゲリオンに乗ることを父親に要求された主人公 "碇シンジ" の、身体的および心理的な闘争/葛藤を中心に展開する。

シンジは超法規的武装組織のトップである父親に認められるために闘いを始める。

だがやがて彼は父の真の目的である人類補完計画 - 全人類の魂を1つに統合し強制的に「在るべき姿」へと変容させることを目的とした、 人類に個を捨てさせひとつ完全な生命体にすることを目的とした計画を唯一止められる存在としての自分の運命を受け入れる。

香港の政治について補足:

1997年にイギリスが中華人民共和国に香港を返還した際、中華人民共和国当局は「香港返還後50年間政治体制を変更しない」ことを確約。

以来香港では外交と軍事は中国中央政府の管轄になったものの、資本主義制度を採用し、高度な自治権を有する「一国二制度」が適用されている。

ただしこの「一国二制度」が適用されるのは2047年までであり、香港はそれ以降完全に共産中国の一部となる。

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ほとんどの人にとって「新世紀エヴァンゲリオン」は単なる素晴らしいアニメ作品でしかない。

しかし香港で抗議活動を続けている多くの香港の人々にとってそのテーマ、つまり邪悪で腐敗した大人と戦うために団結する理想主義的な若者たち、というテーマは我々が想像する以上に心に訴えかけるものだった。

このエヴァンゲリオンや他の日本のアニメの名作の影響は、香港の人々が作る抗議アートや戦術、オンラインフォーラムでの議論などに見ることができる。



「We are all Shinji,(私たちは皆 "碇シンジ" です)」

6月から続く香港民主化デモに積極的に参加している27歳の香港市民・San氏はこう口にした。

中国本土への犯罪人受渡しを可能とする逃亡犯条例改正案に反対するデモを発端としたこの運動は、今や香港の自由とアイデンティティを中国共産党から守るための闘争として色合いを帯びている。

そして今週、武装した警官隊とその侵入を阻止しようとした抗議者が激しく衝突した香港中文大学での事件に香港中が揺れることになる。言論と研究の空間である大学に公権力が突入し抗争が起きるまでに香港政府への抗議活動は深刻化したのだ。

「私たちはシンジと同じくらい混乱しています。私たちは自問自答せざるを得ませんでした、なぜ自分たちがこんな目に遭っているのか、自分たちは何をすべきか、どうすれば圧倒的な敵と戦うことができるのかと」

San氏はそう述べた。

 「私たちはこう感じています、"we are the chosen ones(私達は選ばれたんだ)" 、自由のために戦う責任をこの肩に背負っているのだと」



香港デモの最新情報を配信するTwitterアカウント『HKDemoNow』
「14歳のときにあなたは何をしていましたか?」

昨日逮捕された最年少の抗議者と同じ年齢である新世紀エヴァンゲリオンの主人公を引き合いに出したツイートがコチラ

Protest art inspired by Japan(日本に触発された抗議アート)

香港の抗議活動では、オンラインとオフラインに関わらず、日本のアニメに関連した抗議アートを大量に見ることができる。

特に有名なものの1つが、自由主義を標榜する反北京・親民主派の代表的な香港の新聞『蘋果日報』の香港デモを特集した特別号の表紙だ。





これはエヴァンゲリオンのオープニングアニメーションの中で使われたフォントとレイアウトをまねたものであり、同じようにエヴァンゲリオンのユニークなタイポグラフィや音楽、編集方法を借りたポスターや動画などが様々な所で使われている。

例えば以下の動画は7月21日に香港の地下鉄で白Tシャツを着た所属不明の集団がデモ隊や市民を襲撃した事件を紹介するものでエヴァンゲリオン風に編集がされている。





エヴァンゲリオンの影響は中国の国営テレビ局の海外部門であるCGTNにまで及んでいる。

ただしこちらはこれは香港で抗議活動をしている市民を、イスラム過激派グループISISを引き合いに出して批判している動画だ。

香港デモではまた、はみ出し者の若者たちが互いを信頼し助け合いながら伝説の宝物を探す冒険をする物語のアニメである「ワンピース」を使った抗議アートも頻繁に見ることができる。

香港では現在、平和的な抗議を行う人々を "PRN"(和理非/peaceful, rational, non-violent crowd=平和的、理性的、非暴力的な群衆)と呼び急進的な抗議を行う人々を "valiant(勇敢な者)" と呼び始めている。

この両者を分断させないことを呼びかける際に使われているスローガンが “Do not sever ties, no snitching, no blaming(不割蓆・不篤灰・不指責/繋がりを断ち切らず、仲間を売らず、仲間を非難しない)” であり「ワンピース」と結びつけることで団結を訴えているのだ。

「ワンピース」からインスパイアされた抗議アート:
‘”I keep this hard hat at yours for now. One day when we succeed, I will wait for you to return it to me ‘under the pot'”
(今はこのヘルメットを預ける。そして我々が成功した日には、君がこれを私に返すのをポット(香港政府の本部あだ名)の下で待っている)

"The Pot" は香港特別行政区議会を差す言葉。

香港デモで使われるスローガン "We shall meet under the Pot(ポットの下で会おう)" は "いつの日かマスクやヘルメットを脱いで香港の自由を祝おう" を意味する。



「私たちは同じ理想を共有し、同じ敵を共有しています」

現在日本に留学している中国本土の学生で匿名を希望した25歳の男性はこう語った。彼は香港デモに参加することを決意し香港の中国返還22年を迎えた7月1日に行われたデモに参加したという。

彼はまた常にデモの最前線にいることはできないため、香港の民主化運動に対する国際的な支援を訴えかける運動の一環として行われている日本語での情報発信を手助けしているとのことだ。

「 "今香港で起こっていること" は日本のアニメやマンガ作品の中で語られるメインテーマ、メインストーリー、バックボーンと重なる部分があります」

彼はこう語り、香港で抗議活動をする人々はそんなユートピア的な理想を現実のものにしようとしていると付け加えた。

腐敗した世界と戦う選ばれた子供たち

1990年代に香港で初めてエヴァンゲリオンのテレビ放送権を取得したテレビ/映画プロデューサーのピーター・ツィー氏は、1997年以降に生まれた若者は日本のポップカルチャーによって形作られたと語る。そしてその多くは日本で放送されてから数年以内に香港で放送されたという。

「香港の若者は日本のアニメや漫画で育てられました、香港の放送局であるTVBのドラマでもなければハリー・ポッターでも、さらにはディズニーのカートゥーンですらありません」

「それらのタイトルの核となる価値は "自分の理想を守ること"、"権力への抵抗"、 "団結" でした」

「これらの作品で描かれた大人は、しばしばシンジの父親のように偽善的で腐敗的で利己的でした」



実際香港で抗議活動を行う人々がそんなアニメの世界の一場面を演じているかのような光景がこれまでにいくつもあった。

香港のデモでは機動隊員や監視カメラや行政機関にレーザーポインターの光を当てる行為が繰り返されていたが8月6日にこれを持っていた学生1人が「攻撃用武器」の所持容疑で逮捕されるという事件があった。

翌日これに抗議するデモが行われ、集まった人々は次々とレーザーポインターの光を政府の建物に投射する中、選ばれた子供たちのグループがデジタルワールドを救うという物語の『デジモンアドベンチャー』のテーマ曲「Butterfly」の広東語版「自動勝利Let's Fight」を合唱していた。





またデモ参加者のマスクや覆面の着用を禁止する「覆面禁止法」が制定された10月5日には黒いマスクを着用したデモ参加者が勝手にショベルカーに乗り込み警察署に乗り付けるという事件が起きた。

この人物はショベルカーのマニュアルをオンラインで読んだと伝えられており、香港の人気フォーラムであるLihkgなどでは1979年の名作SFアニメ「機動戦士ガンダム」を引き合いに出すコメントで溢れた。

「Lihkg.com(香港版のRedditと呼ばれることもある香港の電子掲示板)によるとどこかの香港人がショベルカーを "借りた" とのこと」

「マニュアルはインターネットでダウンロードしたとか。警察署に向けて移動中。その運命がどうなるかは不明だが、面白すぎる」



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同じシリーズの最新作『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』は2014年に起きた民主化運動「雨傘革命」の後に香港で放映された日本のアニメだ。

そして27歳の香港市民のSan氏はそれを単なるアニメとして見ることはできないと語る。

「この作品の中で火星は地球にある中央政府の植民地として描かれます。そこに住む子供たちは自由を奪われ、利用され、搾取される存在としか生きていけない」

「私たちはそれらに今の香港を取り巻く状況を重ねずにいられないのです」

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